| YGアコースティクスとヨアヴ・ゴンツァロフスキーについて 少年時代 “YG Acoustics”(YGアコースティクス)の創立者、Yoav Gonczarowski(ヨアヴ・ゴンツァロフスキー)は、1978年1月11日、イスラエルのエルサレムで生まれました。 父親はドイツ人、母親はイスラエル人で、ともにコンピューター科学の博士号を持ち、趣味でギターを演奏するという、テクノロジーと音楽を愛する家庭環境に育ちました。ヨアヴも二人の弟たちも6歳からオルガンの演奏を始め、音楽が子供時代の重要な要素となります。 16歳の時、ヨアヴはステレオ・システムがほしくなりましたが、当時CDプレイヤーはまだまだ高価で、CDプレイヤーとアンプを買うとスピーカーを買うお金がなくなってしまいました。そこで父親に相談したところ、「では自分でスピーカーを作ればいい」とアドバイスされました。当時、ドイツではスピーカー制作が人気ある趣味だったのです。ヨアヴにとって、これが彼のその後の人生を決定するスピーカー制作の世界との最初の出会いとなります。 軍隊での研究開発生活 その後2年間、趣味としてスピーカー制作を続けたあと、ヨアヴは18歳でイスラエル国防軍に徴兵され、3年の兵役義務に服します。 さらに6カ月間、志願兵として陸軍情報部で過ごしますが、そのおかげでこの間にコンピューター科学やアルゴリズム開発、先進的な数学についての体系的な教育過程を履修することができました。その後彼はイスラエル陸軍情報部研究開発センターに配属され、ソフトウェアの専門家に成長します。根っからの“軍人タイプ”ではない彼にとって、軍隊の環境は決して楽なものではありませんでした。そのこともあって、昼間に軍事用として開発したアルゴリズムを、夜、空いた時間にスピーカーの設計と調整に活かす日々を送りました。 軍隊生活は苦難の時期でしたが、そこでヨアヴは、その後の人生における大切な二つの宝を手にすることになります。一つはソフトウェアを設計するための専門知識であり、もう一つ、さらに大切な宝は、のちの妻となる美しい女性、アナットとの出会いです。YGアコースティクスの現在の最高峰シリーズは“アナット・リファレンス”と呼ばれますが、その名称は彼の妻の名前から採られたものなのです。 YGアコースティクス設立 兵役終了直後、ヨアヴはアメリカを本拠とする“クエスト・ソフトウェア”社にプログラマーとして入社、のちにチーム・リーダーとなります。2000年、最優秀社員に選ばれたことからプロジェクト・マネージャーに昇進し、さらに2年間を同社で過ごします。ところがこの間、いわゆるハイテク危機の時代となり、“クエスト”イスラエル支社の従業員は、予算削減のためにフルタイムではなくハーフタイム出勤を要請されるようになりました。 事態が好転しそうもないことをいち早く見越したヨアヴは、独立してYGアコースティクスを設立、インターネットを通じて世界のスピーカー納入業者のためにスピーカー設計を行なう業務を開始します。それと平行して、“アナット”シリーズの第一世代となるスピーカーの設計にも着手しました。 この間、YGアコースティクスは30を超える世界の業者のためにスピーカーを設計します。特に需要が大きかったのはカナダとロシアでした。こうした国々では顧客にきわめてハイエンドなシステムを提供しようにも、キャビネットやクロスオーバー設計における技術的知識が不足していたのです。 スピーカーの完成品を設計して、1ペアのみを販売するという体制は決して経済的ではなく、収益の上がる事業ではありませんでしたが、顧客の要望に合わせてソフトウェアを改善する技術を磨く恰好の機会となりましたし、スピーカー設計者としての経験を広げることができました。これほど多くの一般ユーザー用の製品を開発できる機会に恵まれたハイエンド・スピーカー・デザイナーは、そう多くないはずです。 躍進への突破口 2002年の終わり、ヨアヴは会社を拡大し、世界に羽ばたくスピーカー・ブランドとすることを決意、資金面、流通面でのバックアップ先を探していたところ、ドイツの企業である“Le-go”に出会います。 テキスタイル工場、フィットネス・センターからホテルに至るさまざまな分野で世界中に8000人以上の従業員を持つこの企業に対し、彼はハイエンド・スピーカーという部門を新設することによるいっそうの業務拡大を提案しました。Le-goの回答は前向きでしたが、YGアコースティクスの事業能力を証明するいくつかの条件を提示しました。そして、その要求に対し、彼はマーケティングとテクノロジーという二つの部門で成果を提示します。 まずマーケティングについては、かつて彼の設計したスピーカーを買ってくれた納入業者と連絡を取り、その将来の顧客のために“アナット”スピーカーを買ってくれるよう頼みました。これによりYGアコースティクスは、その他のいくつかの販売契約と併せて、その年だけで18組の“アナット”をそれぞれ20,000ユーロの価格で販売しました。 もう一方のテクノロジーについては、イスラエル産業省の主催する“トゥヌーファ”コンクールにYG アコースティクスとして参加、将来性のある革新的な技術に対して毎年賞が贈られるこのコンクールにおいて、“アナット”は受賞者に名を連ねました。 これによってYGアコースティクスは、イスラエル政府の融資を受ける初のコンシューマー・エレクトロニクスの会社、初のハイエンド・オーディオ・メーカーとなったのです。 世界へのデビュー “アナット・リファレンス”スピーカー・システムは、“Le-go”の支援のもとで開発された初の成果。ヨアヴは、イスラエル、アメリカの航空宇宙産業に製品を供給する先端的な金属加工メーカーと接触し、そうしたメーカーとともに、CNC加工アルミニウムとレーザー・カットによるエンクロージャーを設計しました。YGアコースティクスが設立した新しい測定ラボをフル活用することにより、こうした素材を融合し、今日考えうるもっとも先進的なキャビネットを作り上げることに成功したのです。 また、ソフトウェアのさらなる改善により、クロスオーバー設計と品質管理のありかたを改善。“アナット・リファレンス”スピーカー・システムは、そうした数々の技術面の進展を体現しています。 YGアコースティクスでは、このシステムをミュンヘンのハイエンド・ショーに出展しましたが、ヨアヴにはいくつかの心配がありました。人々は、他の製品とまったく異なる外観をそなえたスピーカーを受け入れてくれるのか。“アナット・リファレンス”が、音楽を人工的に“心地よく”聞かせるためのいわゆる“ヴォイシング”を行なっていないという事実を、人々はどう受け止めるのだろうか_。 しかし、彼の心配は杞憂に終わりました。反応は絶大で、しかも積極的な評価だったのです。来場者から寄せられた反応に共通していたのは、「生演奏のインパクトとエネルギーを再現できるスピーカーがついに登場した」という感想でした。 現在ヨアヴは、ほとんどの時間を研究室でスピーカーを設計したりテストしたりすることに費やしていますが、時間を見つけてはオルガンを演奏したり、空手の練習をしたりしています。いずれも少年時代から続いている趣味です。もちろん、生の音楽に接し、“アナット”を通じて再生音楽を楽しむことも忘れません。 ただ、彼にとって最も大切なのが、スピーカーではなく生身のアナット、すなわち愛する妻と過ごす時間であることは言うまでもないでしょう。 |